五分間(手紙外伝) その1 二十七歳の阿部雄一は、婚約者で二十四歳の美奈子を連れて旅行代理店のドアを開いた。一ヵ月後の挙式会場も新婚旅行の日数も決まっているが、肝心の行き先を決めてなかったのだ。旅行代理店スタッフの河村亜美が、満面の笑みで二人を迎えた。
「美奈子、久しぶり。こちらが婚約者の雄一さんね。話に聞いてたより、凄くハンサムじゃない。あっ、失礼致しました。私は当代理店スタッフの河村と申します。美奈子とは高校・大学と一緒の親友で、私も式に招待して頂き、真に有難うございます。」
亜美は急にビジネスライクな口調になって、雄一に深々と頭を下げた。美奈子が笑って彼女に話しかけた。
「亜美ったら、そんなよそよそしい口の利き方しなくていいじゃない。雄一さんと会うのは初めてだから、改めて紹介するわ。こちらが婚約者の阿部雄一さん。大手金融機関に勤めてるの。私が勤めてる研修プログラムセンターを訪ねたのがきっかけで、知り合ったのよ。こちらは私の大親友の河村亜美。大学では一緒に心理学を専攻したの。今日は彼女に旅行プランをお願いしてるのよ。」
雄一は爽やかな笑顔で挨拶した。
「初めまして、阿部雄一と申します。忙しくて、あまり時間が取れないのですが、宜しくお願い致します。」
亜美は笑顔で二人を奥に案内した。
「お二人の御希望はヨーロッパの街並み散策か、南太平洋の島巡りのどちらかでしたね。真紀、例のCDをセットして。では早速お試し下さい。」
亜美は雄一を安楽ソファに座らせ、背もたれを倒し楽な姿勢を取らせると、彼の頭にヘルメットの様な物を被せた。真紀と呼ばれた女性スタッフが説明する。
「最初はお客様に、ヨーロッパの街並をバーチャル体験して頂きます。リラックスしてお楽しみ下さい。」
20××年、コンピューターのバーチャル機器が目ざましく発達し、電気信号を脳に送り、本当に体験した様な感覚を味わえるのだ。旅行用CDを揃えれば、自宅に居ながら世界旅行が楽しめるし、映画用CDであれば自分が主人公になれる。独身男性にはアダルトCDが欠かせない。またゲーム用CDは時間を忘れて嵌る人が多く社会問題になっているのは、昔のテレビゲームと同じだった。ただ旅行の行き先も映画のストーリーも同じなので、普通は二・三回同じCDを使用すれば飽きてしまう。しかし商品説明や旅行説明はパンフレットやテレビ映像より遥かに分かり易いので、積極的に利用されていた。
雄一は今晩美奈子とホテルで食事して泊まる予定だったので、時間が気になり壁の時計を見た。
(五時十分か…ホテルのチェックインを急がないと。)
頭の隅でカチッと音がして一瞬意識を失った後、目の前にヨーロッパの街並が広がった。雄一は周りを見渡しながら、街を歩き始めた。
一ヵ月後、雄一と美奈子は南太平洋の眩しい日差しの下、エメラルド色の海でのクルージングを楽しんでいた。
「やっぱり南太平洋ツアーにして良かったわね。」
美奈子が笑顔で雄一に話しかけ、雄一は満足そうに頷いた。
「そうだね。ヨーロッパの歴史を感じさせる街並も悪くなかったけど、毎日数字に追われる僕としては、やはり開放感溢れる南の海がぴったりだったよ。」
二人はバーチャル体験を比較し、結局南太平洋ツアーを選んだのだった。このツアーは夫婦かカップルで構成されており、雄一と美奈子の他に十二組が船に乗っていた。二人にとって嬉しかったのは、親友の亜美がこのツアーの添乗員になっている事だった。
『しばらくして目的地の島に到着致します。接岸時は揺れますので、一旦席にお戻り下さい。』
亜美の声で船内アナウンスが流れ、二人はデッキから自分たちのシートに戻った。その時、隣の初老の男性が話しかけてきた。
「あなた方は新婚旅行ですか?」
「はい、そうです。そちらは?」
「私達は定年退職の記念旅行ですよ。つれあいと一緒になって三十五年間、仕事に追われて新婚旅行にも行けませんでしたから、ようやく罪滅ぼしが出来ました。いや、お若い方が羨ましい。」
男性はそう言うと、隣に座っている初老の婦人の手を握り、目を合わせて微笑んだ。雄一は自分も年を取ったら、こんな夫婦になりたいと思った。再度、亜美のアナウンスが流れた。
『後五分程で島に到着します。最後の五分間、特に男性の方は美しい風景をお楽しみ下さい。
少し妙なアナウンスだなと思いながらも、雄一は美奈子の手を握り、二人で南国の風景を楽しんだ。桟橋に着くと、ビキニ姿の美女数名が花の首飾りを持ってツアー客を迎えた。彼女達は白人・黒人・アジア人と人種はバラバラだったが、揃ってナイスバディのグラマーで雄一は思わず口笛を吹き、美奈子に思いっきり足を踏まれてしまった。添乗員の亜美が説明を始めた。
「上陸するにあたって、簡単な検査と検疫があります。すぐ終わりますので、男性の方からこちらの建物にお入りください。」
男達は桟橋横のコンクリートの建物に、ぞろぞろと入っていった。中は机一つ無い殺風景なコンクリート剥き出しの部屋で、最後の一人が入るとスチール製のドアが閉められロックされた。異様な雰囲気に男達がざわめき出すと何処からかシューシューと何かが漏れる様な音が聞こえ、男達が次々に床に倒れた。
(ガスだ!)
ガスを吸って急に体の力が抜けた雄一は、床に膝を着いた。何とか立ち上がろうとしたが、ふっと気を失い倒れてしまった。
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妄想 SMクラブコレクション #1 北崎未来
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