《私の心の女王様、憧れの遼子様。私はまた夢の中で遼子様に御調教を賜りました。遼子様は私を人間馬として、御使用下さったのです。遼子様は凛々しい乗馬服姿で、全裸で四つん這いの惨めな姿の私に跨って下さり、鞭と拍車で速く走れと御命令下さったのです。私は遼子様に御満足して戴こうと懸命に走りましたが、すぐに疲れてしまい、手足に痙攣が来て途中でうずくまってしまいました。お怒りになられた遼子様は私の全身を鞭で御打ちなさった後、乗馬靴で私の股間の醜い物を踏み潰されたのです。その瞬間、目が覚めて布団をはぐってみると、私の股間はべとべとに汚れていました。夢精してしまったのです。私は遼子様の……》
翌日、会議室で遼子が一人の男性に相談していた。
「阿部室長、こんな手紙がもう三ヶ月位送られて来るんです。もう気味が悪くて…やはり警察に届けた方が良いでしょうか?」
彼女の上司である阿部譲治は見せられた手紙の束をテーブルに置き、腕組みをして首を横に振った。
「うーん、警察に行っても意味は無いだろう。これらの手紙には《遼子様の奴隷になりたい》《パンティになりたい》《人間便器にして下さい》等と確かに胸が悪くなる変態的な文章はあるが、《襲ってやる》《レイプしてやる》等といった脅迫的な表現は無く、むしろ西川さんを崇拝している内容だ。これでは脅迫罪にならない。それに手紙が来るだけで、西川さんがつけまわされたとか、下着を盗まれたとかも無いんだろう。ぎりぎりストーカー規制法に掛かるかもしれないが、相手が判らなければ中止命令も出せない。警察に届けても、心当たりは有りませんかと昔にさかのぼって男性との交友関係を根掘り葉掘り聴かれて不愉快な思いをしたあげく、今の状況では事件になりませんと言われるのがオチだろうな。」
「それなら興信所に依頼して、送った相手をつきとめるのは?」
彼は再度、首を横に振った。
「それも難しいだろう。電話かメールなら交信記録からたどる事も可能だが、これは普通の郵便で、場所を変えて投函したらしく消印も都内あちこちの郵便局のものだ。宛名も内容もプリンターで印字してあるから、筆跡も判らない。かなり用心深い奴の仕業だな。」
遼子は肩を落とし、ため息をついた。
「それじゃ迷惑なダイレクトメールと思って、封を切らずに捨てる位しかありませんね。」
彼はまたも首を横に振った。
「いや、一応読んで内容をチェックしてからにするべきだ。今までは無い様だが、これから先、いつ脅迫的な内容に変わるかもしれない。そうなった時のために、気持ち悪いだろうが読んで確認し、証拠として保管しておくのがベストだろう。」
遼子は肩をすくめ、手のひらを上に向けた。
「つまり、今まで通り気味が悪いのを我慢して変態の手紙を読んで、様子を見るしかないという事ですか。」
彼は苦笑して答えた。
「まあ、そう言わないで。気持ち悪いだろうけど、実質的な被害は無いんだし、西川さんみたいな魅力的な美人は大抵似たような悩みを抱えてるものさ。さあ、オフィスに戻ろう。仕事が山積みだ。」
そう言って爽やかな笑顔でウインクし、席を立った。
(もう、阿部室長たら…)
憧れてた阿部譲治に魅力的な美人と言われ、思わず頬が緩んだ遼子は慌てて彼について行った。
32歳の若さで大手シンクタンクの室長を任される優秀な阿部譲治は、スマートで端正な顔立ちのエリート社員で、女子社員の憧れの的であった。遼子も29歳と些か年はいってるが、目がぱっちりとした美人で退社後のスポーツジム通いを怠らず、均整の取れた体型をした独身OLであるから、男性社員の誘いを断るのに苦労している。もっとも年下からの誘いが多いのは痛いところであるが、肝心の阿部譲治が誘ってくれないのを不満に思っていた。彼は独身なのに女子社員の誘いに乗らず、社内で浮いた話が無い。一度遼子が冗談で、
「阿部室長は女性より男性に興味が有るんじゃないですか?」
と尋ねると、
「新宿二丁目の美少年よりは清掃のおばちゃんを選ぶよ。僕は色恋沙汰をビジネスの場に持ち込まないだけさ。」
と笑ってクールに答え、遼子をうっとりさせた。
「阿部室長、勤務時間中にプライベートな相談をしてしまって申し訳ありません。」
「何言ってるんだ、困った部下をフォローするのが上司の役目だよ。今後何か変わった事があったら、遠慮なく相談してくれ。」
「はい、よろしくお願いします。」
遼子は彼に一歩近づけた気がして、目を輝かせた。そして二人は席に着き、データ解析やレポート作成等の多忙な日常に戻った。
二週間後、夕方遅くに会社から出た阿部譲治は後ろから声を掛けられ振り向いた。
「あれ、西川さん。先に帰ったんじゃなかったの?」
「阿部室長をずっと待っていたんです。以前相談したいやらしい手紙について新しい事が判ったので、是非お話したいんです。」
譲治は少し顔色を変えたが、すぐ平静に戻った。
「どういう事なんだい?」
遼子は譲治の目を真っ直ぐに見つめ、答えた。
「ここでは、とても話せません。長くなりますので、私の部屋でお願いします。」
「こんなに遅い時間でもいいの?」
「構いません。明日からゴールデンウイークですから、今日しかないんです。」
譲治は遼子に何か思い詰めた様な雰囲気を感じ、断れず二人で会社近くの遼子のマンションに向かった。部屋に入りテーブルに着くと遼子はお茶も出さず、譲治に一通の手紙を差し出した。
「これ、三日前に来た手紙なんですけど、この部分を読んで下さい。」
「…《遼子様のパンティにも生理用ナプキンにもなって御傍にいたいのに、携帯ストラップのビーズ一粒にさえなれない自分が悲しいのです。》…これがどうかしたのかい?」
遼子は厳しい表情で答えた。
「一週間位前、私がオフィスで親戚の子にあげるつもりのビーズの袋を持ってたら、阿部室長に声を掛けられましたよね。その時、私は『ビーズで携帯ストラップでも作ろうと思って』と適当に答えたんですけど。」
「…?」