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残酷な女神達(続・手紙) その8 (完) 遼子が男の子を出産して、三十年近い歳月が過ぎた。子供は“雄一”と名付けた。出産後、しばらく遼子のマンションに住んでいたが、互いの両親の勧めと資金援助もあって、郊外に一戸建ての住宅を購入した。その一室は楽器の練習をするという名目で、完全防音にリフォームした。もちろん調教部屋だ。譲治と遼子は一人息子の雄一に自分達の特殊な性生活を絶対に知られたくなかったので、調教道具は特注のダイヤル錠を設置したクローゼットに保管し、調教は雄一が熟睡している深夜に行った。遼子は貞代と利奈にも厳重に口止めした。利奈が中学・高校の時は貞代と一緒にちょくちょく遊びに来ていたが、遠くの大学に進学して、何時しか来なくなった。貞代も寄る年波には勝てず、徐々に足が遠のき、十年前に天寿を全うした。息子の雄一はすくすく育ち、成績優秀でスポーツもこなす好青年に成長した。進学高校から国立大学に進み、現在は大手金融機関に勤めている。優秀で有力な幹部候補と見なされており、譲治と遼子の自慢の息子となっていた。譲治も会社内で順調に出世の階段を上り、現在は役員の席に就いている。二十七歳の雄一は半年前に三歳年下の美奈子という名の美しい女性と結婚し、現在同居していた。美奈子は顔立ちと雰囲気がどことなく遼子に似ていたので、男の子は母親の面影を追い求めるものかと譲治は苦笑した。
今、譲治はブランデーを舐めながら、テーブルに置かれた写真立てを寂しそうに眺めていた。還暦を迎えた譲治の頭は白髪で覆われ、背中が少し丸くなった様に見えた。写真立ての中で遼子が笑っていた。彼女は雄一の結婚式前から体の不調を訴えており、結婚式の後に精密検査を受けたところ、癌を患っていることが判明した。直ちに入院したが、既に全身に転移しており、痛みを減らす以外の治療は出来なかった。譲治は嘆き悲しみ、泊り込みで看病したが、癌でやつれ、美貌を失っていく遼子を見るのは辛過ぎた。譲治は夜の病室で遼子と二人きりになった時、進んで尿瓶の役目を務めた。譲治は遼子の陰部を舌できれいにしながら、
「遼子様、お願いです。私を一人にしないで下さい。」
と哀願したが、遼子は寂しそうに微笑んで彼の頭を撫でるだけだった。入院して三ヵ月後、遼子は
「…後はお願いね。」
と一言だけ言い残し、永遠に目を閉じた。息子の雄一は遼子の体に取りすがって号泣し、嫁の美奈子も泣きじゃくったが、譲治は無表情に呆然と立っているだけだった。本当に悲しいと人間は泣けないという事を、譲治は初めて知った。遼子が亡くなってから三ヶ月間、譲治は精力的に動いた。葬儀の仕切り、遼子名義の財産の整理、四十九日の法要、それに加えて会社の多忙な業務と、何かをしてなければ自分が倒れそうだった。そして、一通りの事が一段落した今、ぼんやりと遼子の写真を見ながら、ブランデーを舐めていた。
譲治は今までに、自分に被虐の喜びを与えてくれた女性達を回想した。遼子を初めとして、利奈、貞代、貞代の友人達…利奈は成長すると譲治を空手のサンドバッグ代わりにしたり、貞代達の集会に参加して一緒に譲治を虐めたりした。また、高校時代に同じ空手道場に通っている親友の女の子を連れて来て、一緒に譲治を虐めた事もあった。貞代の友人達も口の堅い親戚の女性を誘ったりして、一体何人の女性達が譲治を支配したのか、正確には分からない程であった。彼女達は譲治に被虐の喜びを下賜してくれた、正に女神達であった。しかし現在、女神達はいなくなり、被虐に飢えた譲治一人だけが残されていた。譲治は白髪頭を掻き、女神達の思い出に浸ろうとした。
その時、嫁の美奈子が封筒とクッキーの缶を持って、譲治の前に座った。
「お義父様、お義母様の事を思い出されているんですの?」
美奈子は微笑みながら尋ね、譲治は曖昧に答えた。
「うん、うむ、いや…それより美奈子さんこそ、雄一が出張で寂しくないかね?」
雄一は一週間前から、シンガポールに一ヶ月の海外出張に出かけていた。
「いいえ、毎日メールしてくれますし、後三週間程で戻って来ますから。」
「そうか。雄一が戻ったら、二人の新居を探さないといけないな。何時までも私と同居じゃ、美奈子さんに負担が掛かり過ぎるしね。」
譲治はブランデーを舐めながら、優しく話した。しかし、美奈子は急に真剣な表情になった。
「いいえ、私はお義父様とずっと一緒にいて、御世話いたします。そう、お義母様と約束したんです。」
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私が、壊した男。4
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